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「間」から「おたく」へ――ヴェネツィア・ビエンナーレ第9回建築展記者発表
暮沢剛巳
多岐の分野にわたる、2年に1度の国際展
 ヴェネツィア・ビエンナーレといえば、100年以上の歴史を持つ世界でも最も古い美術の国際展である。イタリアの海上都市ヴェネツィアを舞台に、名前の通りほぼ2年に1度のペースで開催されてきたこの国際展(Biennaleは「2年に1度」という意味のイタリア語)は、「美術のオリンピック」とでも呼ぶべきナショナリスティックな側面をしばしば批判されながらも、つねに華やかな話題を振り撒き、世界的なアート界のイヴェントとして君臨してきた。ところで、一般には現代美術のイヴェントとして知られるヴェネツィア・ビエンナーレだが、その実態はより多様であり、美術とは別に国際音楽祭、国際映画祭、国際演劇祭などの諸部門を抱え、各々国際的な作品発表の場として機能している。1975年より開始された建築部門の展覧会(ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展としての正式発足は1980年)もそのひとつであり、日本もまた1991年以降は毎回このイヴェントに参加してきた。そしてこのほど、来る9月から開催される第9回展の概要が決定、3月23日には国際交流基金で記者発表が行なわれた。その全貌はとても紹介しきれるものではないので、ぜひ当日の会見映像を見て欲しいが(この会見は、内容もさることながら、立て板に水という形容がこの上なくふさわしい流暢なプレゼンだけでも一見に値する)、せめてここでは、大きな反響を呼ぶことが確実視されるこの異色のイヴェントに対して、自分なりの期待や注文を書き留めておくことにしたい。

異例の大抜擢
記者発表の様子
記者発表の様子 前列中央が森川氏
 オリンピックを引き合いに出してみせたように、ヴェネツィア・ビエンナーレは国別参加を基本とするイヴェントである。まず参加各国がコミッショナーを選定、次いでそのコミッショナーが自分なりのテーマに即して選定した作家の作品を自国のパヴィリオンに展示するという形態で成立するため、各国の関係機関(日本の場合は国際交流基金)はまず誰をコミッショナーに指名するかに知恵を絞ることになる。もちろんこの構図は、建築展でもまったく変わらない。国際的な晴れ舞台に、いかような切り口で現代日本の建築事情を紹介するのか──これは半可通な見識では務まらない大役であり、そのため過去3回は建築界の重鎮・磯崎新がコミッショナーの任に当たってきた。当然といえば当然の人選だが、それが今回は一転して、若手建築史家の森川嘉一郎が日本館コミッショナーへと指名されたのだから驚きだ。森川はまだ32歳、過去の前例からはおよそ考えられない大抜擢である。

ヴェネツィアで「萌える都市」を再現する
大嶋優木「新横浜ありな」 (ラフスケッチ)
斎藤環「おたくの個室」
(マケット、部分)
コミックマーケット準備会「コミックマーケット」(展示イメージ、部分)
展示室内観イメージ
上から
大嶋優木「新横浜ありな」 (ラフスケッチ)
提供:海洋堂/国際交流基金
斎藤環「おたくの個室」(マケット、部分)
コミックマーケット準備会「コミックマーケット」(展示イメージ、部分)
展示室内観イメージ
 森川の名は、ひょっとしたら彼の本来のテリトリーである建築界以上にサブカルチャーの方面で知られているかもしれない。昨年森川が出版した処女作『趣都の誕生──萌える都市アキハバラ』は、そういっても過言ではないほどの横断的インパクトを持っていた。街中に氾濫するアニメやゲームの美少女キャラクターの看板やポスター、狭い路地に密集するガレージキットや同人誌の専門店、窓の塞がった雑居ビルの数々──ここ数年、東京・秋葉原の電気街を初めて訪れた者は誰しも、ほかの街では滅多にお目にかかれない異様な光景に驚くに違いない。森川はこの都市景観をおたく趣味に溢れた都市という意味で「趣都」と命名し、また「電気街のパソコンショップ化」「パソコンとおたく文化の高い親和性」「欧米思考の強い渋谷と対照を為すメイド・イン・ジャパン志向」など複数の要因を列挙しながら、90年代半ば以降秋葉原の都市景観が急速におたく化していった理由を分析している。もちろん、同様の視点が今回の展覧会企画にも活かされている。今回の建築展での日本館展示テーマは「おたく:人格=空間=都市」。「おたく人格の集中によって電気街からおたく街へと変貌を遂げた秋葉原の街を展示の核に据えることによって、欧米の輸入ではない日本独自の建築動向が伝えられる」と森川はその企画意図を語る。
 テーマがテーマだけに、当然出品作家のほうも、丹下健三を唯一の例外として、およそ建築展らしくない顔ぶれが揃うことになった。最小限の情報のみ挙げておけば、丹下によって再現された70年大阪万博を「オタキング」こと岡田斗司夫と造形業者の海洋堂が食玩(お菓子につく景品の玩具)化し、《リカヴィネ》や《週刊わたしのおにいちゃん》などの作品で知られるカリスマ原型師・大嶋優木が新作美幼女フィギュアを出品する、さらには、精神科医・斎藤環による「おたくの部屋」の再現や、コミックマーケットの同人誌の展示会、宣政佑による韓国のおたく文化の紹介といったラインナップが予定されているとのこと。会見の席上ではパヴィリオンのレイアウト案も披露されたが、それを見た限りでは、おたく趣味の原点を大阪万博に見出し、それを30余年を経た現在へと接続、展開しようとする意図を強く持っているように思われた。今後予算や会場の制約などによって計画の修正を迫られる局面も出てくるだろうが、この展覧会のために私費を投じてネットオークションに出品されていたポスター300枚を競り落としたという森川の意気込みは、必ずやヴェネツィアの一角に「萌える都市」アキハバラの熱気を再現してみせるに違いない。

おたくのリスク
 もちろん、この種の企画に対しては、その先鋭性を評価する一方で少なからぬ反発も予想される。そのタイプはおおむね2種類、「ビエンナーレのような晴れ舞台におたくなんて」というアート側からの反発と、「アートに媚びを売るのか」というおたく側からの反発だ。このうち前者に対しては、おたく文化に対する国際的な関心の高まりが何よりの反証となるだろう。そもそも今回の参加作家たちは「美術家」ではないし、また自ら率先して望んだわけではなく、あくまで乞われて参加する立場なのである。趣味のレベルで批判するのは自由だが、少なくとも企画の成立した背景をまったく無視した批判は暴論というほかないし、彼らもそんなことは意に介さないだろう。不安があるとすればむしろ後者のほうで、会見の席上でも、森川はもっぱらその点を心配して参加作家たちへの気遣いを見せていた。周知のように、おたく文化はアートをはじめとするハイカルチャーの側からしばしば蔑視されながらも、まったく別個で独自の文脈を形成しながら発展してきた歴史を持っている(アートの世界で成功を欲しいままにしている村上隆は、両者の関係をすべて承知した上でそこに強引に介入していくその戦略のため、ネタ元であるオタクの側から激しい反発を受けつづけている)。その文脈のなかで実績を積み上げてきた関係者たちがアートの祭典であるビエンナーレに参加するということは、結果的には自らが対立してきた価値観に阿ることになってしまい、今までに確立してきた評価や信頼を失ってしまうリスクを孕んでいるのだ。もちろん、彼らの「賭け」が吉と出るか凶と出るかは蓋を開けてみなければわからない。おたく展として見た場合、企画意図の成否も最終的にはその一点にかかってくるのかもしれない。

日本を表象する「萌え」
スクリーンに映し出された「萌え」
スクリーンに映し出された「萌え」
 ところで、先ほどは今回のコミッショナー人事を「大抜擢」と称したが、これがじつはほかでもない前任者・磯崎の強い意向によるものであることにも触れておくべきだろうか。自らがコミッショナーを務めた過去3回の建築展で、磯崎は「亀裂」(1996年)「少女都市」(2000年)「漢字文化圏における建築言語の生成」(2002年)をテーマに掲げ、それぞれに意欲的な展示を実現していた。このうち、「亀裂」が前年の阪神・淡路大震災から強いインパクトを受けた企画であることさえ指摘しておけば、(あとの二者は言わずもがなだが)三者すべてに「日本」という表象が強く意識されていることは明らかだろう。磯崎がおたく研究でデビューを飾った森川を後継者に指名したのも、無論同じ問題意識の延長線上でのことに違いない。一方の森川も会見の席上でかつて磯崎がパリで企画した「間──日本の時空間」展について詳細に言及するなど、磯崎の問題提起を強く意識している様子をのぞかせていた。ちなみに「間──」展では「わび」「さび」「数寄」といった伝統的な美意識によって「日本」が表象されていたのだが、今回の「おたく──」では「萌え」がその役割を担うという。アニメやゲームのみならず、最近では受験英単語集にまで裾野の広がった観のある美少女キャラクターへの感情移入など、おたくに特有の精神性を意味するこの言葉が「日本」を表象するとき、果たしてそれが外国人観客にどうように受容されるのかは楽しみでもあり、また不安でもある。
 なお同展の会期は9月5日から11月7日。あくまでもヴェネツィアでの展示を前提とした企画であり、過去の前例に鑑みても国内への巡回は予定されていないとのことだが、限られた会期中に遠く離れたヴェネツィアまで足を運んで展示を実見する機会のある者はやはり限られてしまうだろう。会見の席上でも一部の報道陣から質問や要望が為されていたが、これだけ大規模で多角的におたくと「日本」の関係を探った展示を観る機会など滅多にないだけに、是非とも公式日程終了後の帰国展も検討して欲しいものである。


[ くれさわ たけみ ]
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