<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>artscape blog</title>
	<atom:link href="http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3</link>
	<description>3人×3カ月のアート・ブログ</description>
	<lastBuildDate>Fri, 03 Feb 2012 00:04:10 +0000</lastBuildDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.8.6</generator>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
			<item>
		<title>放課後アートリサーチ 04: 極地建築家 村上祐資《秘密基地ヲ作ロウ。》その2</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4201/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4201/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 10:05:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usuitakashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4201</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは、臼井です。「放課後アートリサーチ」、今回で4回目。前回に引き続き、極地建築家 村上祐資さんが展開するワークショップ《秘密基地ヲ作ロウ。》について。今回は活動の内容そのものよりも、活動が置かれている社会的な文脈について書いてみようと思います。
放課後活動の充実？縮小？　ー「放課後子ども教室」
 
学校から帰ってランドセルを置いて、すぐさま家を飛び出していく。土をほじくったり、木に登ったり、なんだかやばい穴の中に入っていったり、放課後は冒険にあふれています。しかし、登下校時に子どもが巻き込まれる事件・事故や、池田小の事件などをきっかけに、犯罪へのセーフティネットは強固になっていきました。子ども用ケータイにGPSや防犯ブザーなど、グッズも充実しています。こうして子どもたちの生活がどんどん管理・制限されていく中で、遊びの質も変わっていると言われています。
そんな中で「校庭開放」をバージョンアップし子どもたちが遊ぶ場所・時間・仲間を確保する「放課後子どもプラン」(URL)が文部科学省から提唱されました。この《秘密基地ヲ作ロウ。》が実施された豊島区の「豊島子どもプラン」もその一環で行われています。各小学校に地域のお父さんお母さんを中心にボランティア・チームがつくられ、校庭での子どもの遊びをサポートしたり、餅つきや太鼓教室などのイベントをしたりしています。こうした行事に加えて、子どもを危険から守るだけでなく、村上さんの取り組みのようにゴールがわからない「ワークショップ」が介入していることに、ぼくは大きな可能性を感じます。
ワークショップのオープン・ソース　ー活動の普及のために
 
子どもを育てるのにプロもアマもなくて、現にこうして地域住民も教育に参加しなきゃならないフレームができている。いかにリスクから子どもを遠ざけるか、という考え方になりがちですが、放課後に子どもと遊ばなきゃいけないんだったら、大人も楽しめたほうがいいでしょう。《秘密基地ヲ作ロウ。》はそんな楽しみたい大人のために、誰もが企画を実施できる「オープンソース」※1を目指しています。
「オープンソース」とは、ある物の使い方／作り方が企業秘密として隠されるのではなく、その方法やコードが開示されていて、誰でも活用できるものにする、という考え方です。《秘密基地ヲ作ロウ。》の場合、方法を開示するだけでなく、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス※2をつけることで、ワークショップの質を落とさない工夫も検討されています。実際には全国で実施されている「放課後子ども教室」のためのボランティア組織をはじめ、ワークショップのソースを活用できるスキルを持った「コミュニティ」を育んでいくことからは普及ははじまっていきます。ワークショップがオープンソースとして幅広く活用される仕組みをつくるのには、長い時間がかかるはず。
わからないことを共有する　ー教育のリスクの分散
当たり前のことですが、教育は「よく生きる」方法を教えるものです。その「よく生きる」とはどういうことなのか実は誰にもわかってないのですが、現状ではこういう風なのがいいらしい、ということで、受験に備え、就職に備える教育がなされています。「先生」という職業は、相手に「よく生きる」方法を伝えるという大きなリスクを背負っています。でも、そのリスクは先生一人には背負いきれないほど膨張したものになっていないでしょうか。答えが無いものに対してより多くの答えを考える。先生はそのうちの一つの答を持った人で、その他の多様な回答をする人として「放課後子ども教室」で企画を担う人や子ども向けのワークショップを考える人達がいるはずなのです。
しかし、「ワークショップ」もまた多くのものは大人が用意した意図を伝えることに終始しがちです。そんな中で《秘密基地ヲ作ロウ。》のとあるグループでは、大人も率先してわからないことに挑む様子にぼくはとても好感を持ちました。大人はわかってる、子どもはわかっていないという分類はなく、大人も子どもたちとわからないことを分かち合いながら、秘密基地をつくっていく。南極でサバイバルをしてきた村上さんでさえ、次はどうしよう、と悩んでいました。その悩んでいる様子を子どもも見ています。授業を受ける、という意識でその場にいたら、どうしたらいいか指示してよ！と不満を持つでしょうが、この場では次どうするかを一緒に決めていたし、子どもからも提案が出ていました。
教育が何かの喜びを与える機会だとしたら、大人に褒められて安心する喜びから、たとえ褒められなくても未知のものに飛び込んでいく喜びへと転換していくことに希望があります。《秘密基地ヲ作ロウ。》のように「わからないものに挑む方法」がオープンソースになっていくことに、これからの「放課後」の姿を予感しました。
※1　オープンソース（http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AA%A1%BC%A5%D7%A5%F3%A5%BD%A1%BC%A5%B9）
※2　クリエイティブ・コモンズ（http://creativecommons.jp/）
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4201/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>フンダシオン・パイサヘ・ソシアル A.C.（はぎのみほ＋ソリージャ・タロウ）</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4158/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4158/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 24 Jan 2012 08:16:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>uchiyamasachiko</dc:creator>
				<category><![CDATA[内山幸子]]></category>
		<category><![CDATA[第11ターム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4158</guid>
		<description><![CDATA[私がメキシコのアート状況をリサーチする上で、アーティストのはぎのみほさん（在墨通算15年）、建築家のソリージャ・タロウさん（日墨ハーフのメキシコ生まれ、メキシコ育ち）には常に多くのアドバイスや視座をいただいています。

2人はそれぞれ単独で作品を発表する一方で、2009年に非営利団体ソーシャルランドスケープ基金（Fundación Paisaje Social A.C.／フンダシオン・パイサヘ・ソシアル）を、2010年に日本メキシコ芸術建築制作研究所（TALLA／タジャ＝Taller de Arte y Arquitectura, México-Japón）を設立しました。
Fundación Paisaje Social A.C.（以下、パイサヘ・ソシアル）は、「アートの力を使って人と人、人と社会の繋がりを強くし、そのために必要な社会環境を確立すること」を目的に福祉施設でのアートワークショップや公共スペースの改造プロジェクトなどを行っています。そしてTALLAでは、メキシコの公的美術館などでの展覧会の企画、運営や、来墨する日本人アーティストや建築家のアテンド、講演のスペイン語通訳、翻訳などを多く引き受けています。今回は、これらのなかからパイサヘ・ソシアルの活動について紹介します。
パイサヘ・ソシアルのはじまり、メキシコの文化芸術をとりまく状況
パイサヘ・ソシアルの活動はもちろん一昼夜にして設立されたわけではなく、2人が長年メキシコで積み重ねてきた活動のうえに成り立っているものです。基本的にはプロジェクトごとにアーティストや各分野のクリエイターや専門家たちとコラボレーションが組まれます。
パイサヘ・ソシアルの活動は、日本でいう公共文化施設の文化振興プログラムやアートプロジェクトのようにも見えます。日本にもアーティストが発起人となる多くのプロジェクトが存在しますが、でも誰からの依頼も受けずに地域のプロデュースを担い、運営と事務作業に追われている2人のステイトメントに、最初は不思議な違和感を感じていました。そして、2人の話を聞きながら、それがメキシコと日本の文化芸術をとりまく状況の違いなのだということがわかってきました。
つまり、2人がプロデュースしている「地域の資源を活かした文化プログラム」は、例えば日本の公共文化施設では、自治体からの文化振興事業のミッションを受けて→各施設でキュレーターやアートマネージャー等がアートプロジェクトや教育普及プログラム等を企画し→アーティストに依頼する、というように発端から実現までにいくつかのセクションに分かれているというのが一般的であるということ。この構造のなかでは、そもそも最初のミッションについてアーティストの視点は問われていません。
日本の公共文化施設でしばしば起こる、文化行政側のミッションを遂行しようとする自治体職員と、アーティストのアイデアを活かそうとする企画制作側の現場スタッフの対立の原因のひとつは、この構造のためだと思われます。
一方メキシコには、地域と一体になって継続できる文化プログラムを発想し、コーディネートする公共のセクションがないか、もしくは機能していません。2人は独自のリソース、つまり日本／メキシコという二つの国を往来する2人の属性とアート／建築という専門性、そしてネットワーク、つまりメキシコで活動するキュレーター、クリエイター、社会活動家などさまざまな人たちとのクリエイティブな信頼関係を駆使して自治体に提案し、いくつかの公共事業を手がけ始めています。
ネットワークがあるのでプログラムのオーガナイズのスピードがすばらしく早く、共同作業に長けているので、フレキシブルに問題を解決していきます。アーティストのアイデアと技術がこれほど直接的に公共事業に反映されている例を、日本では思いつくことができません。
資金面で言うと、プロジェクトを具現化するまでコラボレーターはすべてボランティアです。メキシコで金銭的な支援を受けるためには、まずプロトタイプとなるものを実現して見せることが必要で、プロトタイプを示しながら助成金などを得て、プロジェクトを最終目標まで持っていきます。コラボレーターたちもプロトタイプの時点で機能しないと感じればリタイヤするか、違うやり方を試みる。これはメキシコ人のおおらかでスポンタネオスなクリエイションへの姿勢もおおいに関係している気がします。
パイサヘ・ソシアルのコンセプト──アートの力を使って、人と人、人と社会の繋がりを強化する
ソリージャさんは、活動の趣旨を「政府からサポートされているはずの市民の側から、足りないと思うものを見つけて埋めること、市民の側からその姿勢を示すこと」と言います。そしてはぎのさんにとっては、自身のアート活動のコンセプト──「疎外されている個人」へまなざしを向け、アートの力で支えること──の延長線上にあります。
パイサヘ・ソシアルの活動はアートであることを表明することよりも、社会に介入し機能することを優先するし、そのなかでアートを提供するという手法も使う。でも彼らの活動で注目すべきは、社会に必要なことを知り、発明するという技術。それは逆説的に、あるものを介入させることによって不可視に見える社会の課題を可視化するという、アートの技術を思い出させてくれます。さらに彼らがプロジェクトごとに作るコラボレーションは、社会の制度や経済的な利害関係から成る結びつきではないコミュニティ、共同体のポジティブモデルであると言えるのではないでしょうか。
次回は、私も関わっているパイサヘ・ソシアルのプロジェクト「ルイス・ニシザワ・アーカイブ」について書きたいと思います。
＊
パイサヘ・ソシアルのプロジェクト例

1──老人ホームでのワークショップ「Taller JARDINCITO（ワークショップ・小庭）」
多数のアーティストとともに、メキシコシティのある老人ホームへ約２年間通ってアウトリーチ・ワークショップを行っている。ワークショップを通して老人ホームの人たちへ日常のスペースをよりよくする提案をしながら、いずれ彼らが主体となって少しずつ改善できるようになることが目標。現在、メキシコ国立自治大学教授カルロス・ロホ氏の協力を得て社会心理面からの研究が始まり、アートワークショップの手法と効果を客観的に考察するステップへ進展している。また、パイサヘ・ソシアルにとってはアーティストが作品を発表するだけでなく、その活動をワークショップとして社会生活へ還元し、アーティストとしての社会生活への関わり方を提案していくプログラムでもある。
その他に老人ホームの人たちとの美術館訪問、そして鑑賞後のアートワークショップも行っているが、これは、メキシコの美術館が多様な鑑賞者を積極的に受け入れる仕組みを整えていないという状況、さらに、老人ホームの利用者が、運営側の事情からほとんど外出できないことを受けて始まっている。今後は、美術館スタッフと老人ホーム側の双方の理解を深めて、継続的に訪問できるよう環境を整えている。写真はアーティストのヘナロ・ロペスによるワークショップ（メキシコシティの老人ホーム）。

2──ワークショップ素材のリサイクルの試み「RE-ARTE（再芸術）」
「ワークショップ・小庭」に使う材料は、各家庭にある不要品をリサイクルして使うため、２週間に１度、ローマ地区のリオデハネイロ公園に出るオーガニック市場“MERCADO EL 100”にブースを置いて募っている。コストをかけずにワークショップを継続できる仕組みを作るのも、パイサヘ・ソシアルの活動のひとつ（ローマ地区、リオデジャネイロ公園, メキシコシティ）。

3──自転車道路プロジェクト「Rodando x la Ruta de la Amistad（友情の道のために走ろう）」
1968年のメキシコオリンピック時に作られたメキシコ市南部の巨大彫刻群を、高架道路建設による取り壊しから守るために、Patronato de la Ruta de la Amistadという団体が設立され、現在10作品を移動している最中である。パイサヘ・ソシアルでは彫刻を移動した場所に自転車道路をデザインし、新しい景観・交通手段を作るプロジェクトを進めている（メキシコシティ）。

4──東日本大震災遺児のためのチャリティーアートバザール「¡Amor a Japón!（愛を日本へ！）」
この企画に賛同するメキシコ在住アーティストからアート作品のドネーションを募り、格安で販売。売上の100%が東日本大地震・ 津波で被災した震災遺児のためにあしなが育英会に送金された。現在は、２作品目以降の売上のうち、30%を制作費として作家に還元、パイサヘ・ソシアルが3％を運営費として計上、残りの67%を継続して寄付している（コネホブランコ・ブックギャラリー、メキシコシティ）。
Photo：すべてFundación Paisaje Social A.C.
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4158/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>秘密基地ヲ作ロウ。</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4142/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4142/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 21 Jan 2012 04:34:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hidehomare</dc:creator>
				<category><![CDATA[中村英誉]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[第11ターム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4142</guid>
		<description><![CDATA[『秘密基地ヲ作ロウ。』が感動のフィナーレをむかえました。
建築の構造やデザイン、ロケーションなど色々な準備をしながら、「遊ぶことは生きること」というキャッチフレーズの元、４ヶ月に渡って建築の構造、デザインや設計図、ロケーションハンティングなど様々なことを学んだ末、遂に５つの「秘密基地」を完成させました。そのオリジナリティーあふれる秘密基地たちを紹介して行きたいと思います。


１、レ班（壁に挟まれたこの場所が”レ”の字型になっているというところから）
女の子二人に、男の子一人の班。
正直、始まった当初は今時の女の子たちは最後まで来てくれるのかな、と不安に思っていました。それくらい彼女たちは今時の冷めたカンジにみえるおませなちょっと女の子たちだったからです。しかし後半すっかり嘗められきってしまい、私には手におえないカンジのパワフルさに圧倒されていました。そんな彼女たちに挟まれてコツコツと作業を進めるゲンキ君は新しい時代のモテ男になることは間違いないと思います。
ロケーションを最大限に利用した引っ掛け型の暖簾型秘密基地。女の子たちらしくちょっとしたインテリアにもこだわっていました。

２、ホ班（非常階段の細い道の”ホ”から）
六年生も実森くん率いる、巨大な吊り下げ型の秘密基地。
彼は真っ先に宿題だった作りたい秘密基地の模型を作ってきてくれました。
つまり、明確なビジョンの元に作られたのです。かなり大きな部品を体育館で作り、それをこの場所まで運ぶのも苦労する。これがまさに極地である「南極の建築」の建築と近しいところがあると思います。限られた材料、寒い真冬の野外での環境、その中でいかに自分のビジョンを形にして行くか。６年生とはいえ、なかなか形にして行くことは容易ではないと思います。
私も完成した基地を見てその大きさと完成度に驚きました。
驚かして貰えるモノが見れた今回のワークショップは刺激的ですね。

３、タ班（体育倉庫中の”た”の班）
もっとも謎の班。そういう意味では、一番の”秘密”基地かもしれません！
一見、目立たない感じた男の子たち３人組なのですが、それがかなりの独立心旺盛。ロケーション的なアドバンテージもあり、構造的にはかなり早くから完成。トラップやインテリアや内装にもこだわったいます。そして秘密基地のメンバーでも入れてもらえない、つまり大人には入れない場所もある奥深いまさに子どもたちだけの秘密基地。

４、キ班(周りを木に囲まれた畑のロケーションから)
今回のワークショップの主役かもしれないタケ君率いるキ班。
５年生である彼のリーダーシップ・行動力には驚かされました。最初、土を掘って地下に基地を作りたかったり、はしごを上からぶら下げたかったりと明確で大きなビジョンがありました。村上さんもどうにか実現させてやりたい、ただ安全性や実現性の問題との間の悩ンだと思います。ただ、彼が凄かったのは村上さんや大人たちとディベートできるところにありました。大人顔負けのプレゼン能力や交渉力は学ぶところが多かったです。
そんな彼らが試行錯誤しながら完成させた秘密基地は木の中に完全カモフラージュされた完成度の高い秘密基地。細部まで本当にこだわっていて、木で編んだ扉や葉っぱの絨毯など関心させられるものばかりです。

５、ゴ班(ゴミ捨て場の予定だったから)
そして私hidehomareが担当させてもらった班です。
この班はなかなか不運が重なってしまったところがあって、本当は最初ゴミ捨て場である階段下のスペースに作る予定だったのですが、色々事情があり階段上に変更になってしましました。そういった経緯から上と下を繋ぐ糸電話やパイプ型電話を持った秘密基地を作ることになりました。
とはいっても、子どもたちも塾や習い事で忙しいのが現代。一時はみんな休んで、メンバーが一人だけになってしまったりと大変なことも多かったですが、なんとか他の班にはない個性をもった秘密基地を完成させることができました。

６、ウ班(ウサギ小屋の裏から)
実は、班はもうひとつありました。
冬休みに入ってからの秘密基地実作業だった為に、たった二人のメンバーが出席できませんでした。上記のように、設計図はかなり綿密で、ガムテープを使った防水機構などビジョンは明確だった分、完成できないのは残念でした。リベンジを待ちたいですね。

とりあえず、たくさんのアイデアやビジョンを見せてもらった子どもたちに感謝です。
どの基地をとっても同じような秘密基地はないというのが凄くないですか？
最近の子どもたちもやはり凄いと感じますね。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4142/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>デザインをしよう。</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4125/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4125/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Jan 2012 19:01:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hidehomare</dc:creator>
				<category><![CDATA[中村英誉]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4125</guid>
		<description><![CDATA[十月から始まった「秘密基地ヲ作ロウ。」が無事、昨日感動のフィナーレを迎えました。
隣でブログを書いている臼井さんを始め個性的な面々のスタッフの助けも借りてとてもいいワークショップになったと思います。
本当ならコンスタントにブログを書いてくる予定だったのですが、今までのことを今日からまとめて行こうと思います。。(反省…編集の斉藤さん、本当にすいません。)
結果から言うと、子供たちにも、大人たちにも怪我なく5つの個性的な秘密基地が完成しました。
それに至るまでには、第一回で子供たちは南極越冬隊の村上祐資さんから建築の種類や基本的な構造を学び、第二回では私が「デザインをしよう」というテーマの元、秘密基地の設計図を描くために「絵」を描く授業を持たせてもらいました。
今回は少し遡らせて頂き、その時のに話を書かせていただきます。
まず「絵を描くのが好きな人」と、子どもたちに声かけたところやはり18人の中では４、５人でした。とはいえ、私が小学生の時も手を挙げていなかったかもしれません。
何故なら、美大に入るまでそれほど自分で「絵」を描くことが得意だと思ったことがなかったからです。自分の体験的にデッサンの練習をたくさんしたんですが、あまり上達しませんでした。開き直った私は美大に入った後「丸」と「四角」を奇麗に描くことだ頑張ってみました。
意外に「絵」って、丸・三角・四角でナントカなるもんなんです(笑)
ということで、子どもたちにも床に張りつめた大きな紙に色々とりどりのマーカーで、「丸」と「三角」と「四角」だけ使って好きな絵を描いてもらいました。
ただ、色だけは私が持っている100色以上のコピックマーカーを好きなだけ使ってもらいました。
どうです？子供たちのデザイン。最初は戸惑っていましたがこんなにもカラフルで素敵なイラストたちが出来上がってきました。


そして次は、「なぞる」です。
「丸」「三角」「四角」より複雑で有機的なものを描きたい時にはどうすればいいのか？
そのものズバリなぞって、トレースすればいいんです。
まずは「手」をなぞってみます。

そして今度はちょっと大掛かりに、ライトを照らしての身体全体をトレースです。
まさに影絵の原理ですね。
身体のラインを使って、顔を描いてみました。


絵を描こうということを、単に「丸」を描く、「なぞる」というシンプルなところに落とし込むことで誰でも絵が描けるんです。あまり難しく考えずに、かなり自由に楽しませてもらいました。それでいい気がするんです。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4125/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>放課後アートリサーチ 03: 極地建築家 村上祐資《秘密基地ヲ作ロウ。》その１</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4121/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4121/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Jan 2012 14:48:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usuitakashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4121</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは、臼井です。ブログ更新も5回目。「放課後アートリサーチ」のコーナーも3回目になりました。
今回は、極地建築家の村上祐資(むらかみ・ゆうすけ)さん率いるチームが豊島区の小学校で展開しているワークショップ・シリーズ《秘密基地ヲ作ロウ。》について。

※このワークショップについてはartscape blog 第10タームで村上さんご自身が、第11タームでデザインを担当されているヒデホマレさんが連載されているので、詳しくはそちらをご参照ください。
極地探検家の経験をシェアする　ー想定外の世界へ
ぼくたちが普通に生きていて訪れることはまず無いであろう「南極」。氷点下-80度、地平線の向こうまで氷で覆われ、氷と共に生きる世界。容易にシミュレーションできない世界が、同じ地球に存在しています。第50次南極地域観測隊(2009-2010)の越冬隊員として南極をサバイブをしてきた村上祐資さんが、その経験を子どもたちに伝え、予想のつかない世界を生きていくためのスキルをシェアするワークショップ《秘密基地ヲ作ロウ。》を豊島区立巣鴨小学校にて実施しています。2011年9月から2012年1月までの4ヶ月間、約10日の制作期間を設け、 設計図、模型、基地の制作、移動、設置のステップをふみながら、校内の各地に「秘密基地」をつくっていきます。
ぼくが実際に観に行ったのは12月の最後の設置の日でした。事前につくっておいた1/10サイズの設計図と模型を元に、体育館で実寸大の基地の製作を進めていきます。使える材料は「新聞紙」「ガムテーム」「紙ひも」の３つのみ。新聞紙を丸めただけの支柱で組み立てるだけでもとても大変なのに、それを学校内の畑やうさぎ小屋の裏や非常階段の踊り場などに運び、設置をしなければなりません。12月下旬の夕暮れ、極寒の手がかじかみ、身がふるえるなかで、設置の作業も悪戦苦闘。
「第一回の南極探検隊も、全くおんなじ経験してたんだよ」と、村上さんは子どもたちに言います。行ったこともない南極の状況を想像し、日本で基地の材料をつくり、南極へ運ぶ。しかし、実際に南極に訪れ設置することになったとき、想定外のことがたてつづけに起こり、それになんとか対応していく。行ったことのない場所で、やったことのないことをしようとしたら、もちろん想定外のことも起こります。このワークショップでは、学校の中を「日本」、校庭や畑を「南極」に見立てることで、「極地探検」という経験の一つの重要な要素を子どもたちにシェアしているのです。ワークショップによって「放課後」の時間の中に「南極」という想定外の世界への通路が開かれてゆきます。
この企画《秘密基地ヲ作ロウ。》は、南極観測隊員が子ども向けワークショップをしているということだけにとどまらず、「豊島区子どもプラン」における子どもの放課後対策事業の中で実施されていること、クリエイティブ・コモンズのライセンスをつけて普及させるという試みをしていることなど、興味深いことがたくさんあります。そのあたりについては次回！
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4121/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>¡Feliz Año Nuevo!</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4086/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4086/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 04:19:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>uchiyamasachiko</dc:creator>
				<category><![CDATA[内山幸子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4086</guid>
		<description><![CDATA[12月15日から1月８日まで、メキシコ南部を旅行しています。
旅の途中ですが、編集ディレクターの齋藤さんからご提案いただいたので、こちらのクリスマスとお正月を少しご紹介。カトリック教徒が多いメキシコの12月は、クリスマス以外にも大事な宗教行事つづき。12月から元旦にかけて全力でフィエスタして（歌って踊って楽しむ感じは年中同じですが）、1月2日からバリバリ働きます。
16〜23日の期間はポサダといって、聖母マリアとヨゼフが宿を探してキリストが産まれるまでのエピソードをなぞる行事が催される。クライマックスはピニャータ（星の形をしたくす玉）。中にピーナツや果物、お菓子を詰まっていて、スイカ割りみたいにたたき割って遊ぶ。
大晦日には、新しい年に出向くための旅行カバンと12粒のぶどうを持って家の外に出る。ぶどうは、１粒に1つ、全部で12の願いごとをして12時までに食べきらないといけない（この家族はたぶん1分くらいで食べ尽くしていた）。
12時を過ぎたら、互いに抱き合って新年を祝いました。
¡Feliz Año Nuevo!　あけましておめでとうございます！
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4086/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>放課後アートリサーチ02: 北澤潤《放課後の学校クラブ》その２</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4098/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4098/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 08:47:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usuitakashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4098</guid>
		<description><![CDATA[みなさま、あけましておめでとうございます。2012年の始まりはのんびり実家で過ごし、高校の同級生やら大学の先輩やらと新年会をして幕を開けました。今回は、前回紹介した北澤潤さんの《放課後の学校クラブ》に対してぼくの思うところを書いてみます。


「プロジェクト」から「生きた文化」へ
このプロジェクトを実践している北澤潤さん(http://junkitazawa.com/)は、病院の中に&#8221;村&#8221;をつくる《病院の村》(2008,筑波大学附属病院)や、商店街のなかに&#8221;居間&#8221;をつくる《Living Room》2010,北本団地ほか)などの活動を展開する現代美術家です。ある地域や施設のルールのなかに「村」「居間」「クラブ」などの枠組みをつくり、その場所で編み出した「仕事（日記を書く、家具を運ぶ、授業をつくる etc.）」「祭り」「食事」「授業」などの活動をしながら、そのコミュニティと共存していきます。これらは、さまざまなアクションによって地域の文化や施設の制度を批評し、可能性を拡張していく冒険的な活動です。《放課後の学校クラブ》の子どもたちも予期せずしてこの冒険に巻き込まれていきます。
いったいどこへ続いていくのでしょう？北澤さんの思いに賛同した「大人部員」によって浜田小学校コミュニティルームの「クラブ活動」の一環として展開しているこの活動では、なんだかわからないけど楽しそうだから集まった子どもたちが「新しい&#8221;学校&#8221;をつくる」という壮大な目標に向かってゆきます。そしてこの活動の根幹は「学校ってなんだろう？」という問いです。あたりまえのものとして受け入れられ、確かな存在であったはずの「学校」が、いざ自分たちの手で作ってみようと考えたときから、不確かなモヤモヤしたイメージに変わってゆく。そこから「授業」「係」「教室」「校舎」などが、その時その状況に応じてつくられていく。
実際に校舎ができて放課後にフリースクールや学童保育所のようなものができればいいのかというとそういう問題ではないと思います。学校について再考し、新しいイメージを提出するこの「クラブ活動」自体が続いていくこと、学校という場所のイメージを分解し、その要素で遊ぶ場があり続けること。ここでは、大人も子どもも「「放課後の学校」がどんなものなのかわからない」ということにおいて対等です。「わからないもの」にその都度かたちを与え、探っていくプロセス、活動の方法論自体を作り続ける活動であるといえるでしょう。
「プロジェクトが期間限定で終わらず、生きた文化であり続けること」は北澤さんが作家活動を始めた当初から問い続けている命題でもあります。《放課後の学校クラブ》においても、現在の部員が変わっても続いていく活動であるためには、この方法論を引き継いでいかなければなりません。活動を「継続」、「複製」すること、という課題へとつながっていきそうです。
次回へ続く！


====
活動紹介03: アーティスト・イン・児童館2011山本高之プロジェクト《きみのみらいをおしえます》

アーティスト・イン・児童館2011招待作家の山本高之さんが練馬区立南田中児童館の子どもたちと共に作った映像作品。
「青を引きましたね？あなたは、今日、一日が台なしです。好きな事をすると、いいことがあるでしょう」
子どもたちが自分で”占い”のルールを考え、仕掛けや衣装や屋台をつくり、お客さん(大人)に対して運勢を告げます。「他者の未来」というわからない世界を、自分で見定め、伝えるという体験は、子どもたち自身が来るべき日にするであろう体験を予言するものでもありました。


山本高之ウェブサイト　→　http://takayukiyamamoto.com/
山本高之プロジェクト《きみのみらいをおしえます》→　http://jidokan.net/blog/2011/1015-980/
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4098/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>放課後アートリサーチ 01: 北澤潤《放課後の学校クラブ》その１</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4069/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4069/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 09:09:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usuitakashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4069</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは。年末ですねー。前回は小説『夏の庭』を例に、子どもたちが日常のなかで「わかりえないもの（でも、気になるもの）」と出会う仕組みをどうやってつくるのか？という問いを立ててみました。その問いの多様な解答例を、このブログの中で綴って行きたいと思います。今回は水戸市立浜田小学校で行われているプロジェクト《放課後の学校クラブ》について。


放課後の学校クラブ in 浜田小学校
子どもの日常生活を形づくる中心は「学校」。彼らにとってもっとも大きな「あたりまえ」のひとつです。水戸市立浜田小学校で実施されているアーティスト北澤潤(http://junkitazawa.com/)によるプロジェクト《放課後の学校クラブ》はこの「あたりまえ」の存在である「学校」を再考し、放課後だけに現れる新しい学校をつくる、というプロジェクトです。水戸、横浜での実施を経て、浜田小学校での活動が始まりました。2011年10月からあつまった子ども部員(2~6年生)10名と大人部員6名によって、毎週日曜日の午前中に「浜田小学校コミュニティルーム」で活動が行われています。
先日12月18日(日)には、１日限定の「放課後の学校」が開かれました。「リサイクルのじゅぎょう」「音づくりの授業」「給食のじゅぎょう」「魚のじゅぎょう」「服づくりのじゅぎょう」など、子どもたちが考えたオリジナルの授業が開かれていきます。そのかたわらではポラロイドで撮影した写真をつかってリアルタイムでつくられていく「新聞」や、休み時間のレク係などがあり、授業と授業、「先生」と「生徒」の間をつないでいきます。
※当日の様子はコチラに詳しいです→
「放課後の学校クラブ http://schoolafterschool-hamada.blogspot.com/」
「日和見感染 http://d.hatena.ne.jp/kimisteva/20111224/1324741154」

この日のイベントで印象的だったのは、子どもたちが戸惑いながらも自分の声、言葉で授業を進行していたことでした。大人部員たちは子どもらをおだてず、判断を待ち、彼らが決めたことを「うん、じゃあそれでいこう」と合意して活動が進んでいきます。こうした地道な合意形成を積み重ねているのだなと感じました。重要なことは、大人が子どもに知っていることを伝えるのではなく、 「大人が子どもとのやりとりの中で、自分が固執しているイメージをはがしていくこと」であると北澤さんは語ります。「新しい”学校”をつくる」という、大人も子どもも行き先を知らない冒険は、このあとどうなるのだろう？
次回へ続く。
====
活動紹介02: アーティスト・イン・児童館2009北澤潤プロジェクト《児童館の新住民史》
2009年にアーティスト・イン・児童館にも北澤潤さんを招待しました。この場所で展開したのは児童館の活動をひたすら記録し続ける《児童館の新住民史》。記録それ自体が児童館の活動を批評し、また大人と子どもの新しい関係性が生まれていく過程を描き出していきます。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4069/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>コミュニティ単位のアートリサーチについて</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4050/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4050/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 02:38:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>uchiyamasachiko</dc:creator>
				<category><![CDATA[内山幸子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4050</guid>
		<description><![CDATA[あらためまして、同期ブロガーのヒデホマレさん、はじめまして。そして臼井さん、お久しぶりです。
編集の斎藤さんからお話をお聞きしていて、出国前にお二人の活動の現場を見てみたかったのですが、とうとうできずじまいでした。ブログでの活動紹介、楽しみにしています！
こういったパブリックなメディアで自身のブログを書くというのはどんな文体にしようか考えてしまいますが、今回は自己紹介を兼ねて、メキシコでコミュニティ・ベースド・アートのリサーチをするに至った個人的な経緯を書こうと思います。

なぜコミュニティのリサーチなのか
そもそも私のアートマネジメントへの関心は、「何らかの表現が誰にとってどのような意味を持って伝わるのか」ということから始まっています。「何らかの表現」はアート作品やプロジェクトそのものが持つ表現だけでなく、マネジメントの過程で作成する企画書やプレスリリース、ワークショップや展覧会の会場で、企画の意図を第三者へ伝える言葉のことも指しています。
そしてなかでも「誰」、つまり表現を受け取る側、表現される側の人たちのことをどのように想像できるか、というのが私にとっての最重要課題でした。
自分の経験と異なる環境で生きてきた人たちについて、個々人を思い浮かべるには多様さに圧倒されるし、大衆として考えるにはあまりにも大雑把すぎる。というとき、私にとっては、社会のある領域、階層、ネットワーク、属性といった何らかによって社会化された個人のニーズをリアルタイムに反映しているコミュニティという単位が、最も感触のようなものを感じられる対象になっていきました。
主な経験となっているのは、HIV/エイズという課題を共有する人たちのコミュニティと共同で行った、ブブ・ド・ラ・マドレーヌプロデュースによるkavcaapアートプロジェクト「HIV/エイズー未来のドキュメントー」★1、そして地域コミュニティを念頭に置いた山口県の秋吉台国際芸術村での活動です。さらにここ数年は、以前このブログで執筆していたhanareの須川咲子さんやkajicoのように、そもそものコミュニティの定義づけや、コミュニティをオーガナイズする方法そのものを試みる同年代の人たちの活動を身近に見ていました。
それぞれにコミュニティへのアプローチや共働のあり方が異なっていて一概に比較できないのですが、コミュニティを単位にアートマネジメントを考えることには次のような長所を感じています。
1つ目は、コミュニティと認識されるコミュニティは立場や獲得しようとする環境を表明していることが一般的で、社会で顕在しやすいため、アクセスしやすいということ。2つ目に社会や世界の大きな単位では見落としてしまう視点やネットワークや歴史を、コミュニティの単位では丁寧にすくい上げることができるということ。3つ目に試行錯誤してきたコミュニティの活動には、誰にとって何が必要なのか、そのために必要なネットワークの考え方や普及の方法についての研究と実践が蓄積されているということ。すばらしいなと思うコミュニティはたいてい伝える方法に長けていて、とても自然に彼らの視点や知恵を教えてもらうことができます。これは、アートマネジメントの立場からもとても参考になります。
メキシコのコミュニティ
メキシコの場合、基本的には家族という強くて大きなコミュニティがあります。
ですが家族の外に出た場合のコミュニティについては、私にはまだこれということが言えないし、このブログを書いている3ヶ月の間にも絶対に言えないような気がしています。貧富の差や人種や民族、宗教など、あまりにも多様で入り交じっていて、日本の状況と比較するだけではとても足りない。スペインの入植によってメキシコという国家の領域ができるまで、ここは無数の先住民が住むラテンアメリカの一地帯だったということを考えると、そもそもメキシコという単位で語ることが難しいのだと思います。
そういった経緯で、今回のメキシコでのコミュニティ・ベースド・アートのリサーチは、メキシコで活動する何人かのアーティストの視点を通してアートとコミュニティの関係のポジティブモデルを見つけること、コミュニティの中に内在している文化や芸術を発見すること、を目標にしています。
註
★1──2005年に神戸で行われた第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議（7th ICAAP）の文化プログラムの一つとして、2003～2005年に神戸アートビレッジセンターで開催。HIV感染やエイズの影響を受けやすい若者を主な対象に「アートのインパクトをもってHIV/エイズについての必要な情報と正しい知識を伝える」ことを目的とした展示や映像上映、シンポジウムなどが行われた。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4050/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>放課後とアートプロジェクトのこと</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4033/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4033/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 12:09:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usuitakashi</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=4033</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは、臼井です。ブログ2回目の投稿です。もう12月も半分が終わりましたね。書類の整理や作成に苦心しています。というのも、来年度のNPO法人の立ち上げに向けて準備中なのです。「NPOにする！」と決めたのは今年の4月だったのですが、現場を駆け回っていたら気づけば年末。あわわわわ。
さて、このブログではテーマを〈子どもの放課後とアートプロジェクト〉とさせていただきました。NPO法人化の背景には、ここ3年ぐらいで「児童館」や「学童保育所」、放課後の校庭や空き教室のクラブ活動（「放課後子どもプラン」）の運営がどんどん民間に委託されていることがあります。いろんな人が教育や福祉に参加する仕組みが開かれていくこの流れに乗ってけ、というわけでNPO法人化を決めました。といってもNPO法人は世界にたくさんあるので、先輩たちの活動から学ぶことも山ほど。どうやってこの「法人」なるものを動かしているのか、ヒアリングをさせてもらっています。（ご協力いただいているみなさま、本当にありがとうございます！）
〈放課後とアートプロジェクト〉については「アーティスト・イン・児童館」でも活動開始以来テーマにしていることなのですが、ぼくのイメージに近いのは、湯本香樹実さんの小説『夏の庭』です。これは夏休みの少年たちが、一人暮らしのおじいちゃんを「観察」し、その死の瞬間を目撃しようとたくらむ物語なのですが、その「観察」が老人にばれ、草むしりを手伝ったり、スイカを一緒に食べたり、交流の軌跡が描かれていきます。一人の老人の生活を通して、少年たちが「死」というわかりえないものに出会っていくこの物語の感じが、ぼくはすごく好きなのです。
「一人暮らしの知らない老人」「老人の生活」そして、「死」。子どもにとって身近であるはずの遠い存在とひょんなことから接触を持つことになる。子どもが自分自身で行く場所や体験を選べる「放課後」という時間で、アーティストが街の中で実践しているプロジェクトに出会うことは、この『夏の庭』に描かれる、少年たちと老人の関係に近いんじゃないかなと思うわけです。「アーティスト・イン・児童館」では、この出会いの「仕組み」を多様な形で再現しようとしています。『夏の庭』のような日常の裂け目が、どんな街でも見つけられるように。
ぼくの立場としては、「アーティスト・イン・児童館」の実践者であることは第一なのですが、〈放課後とアートプロジェクト〉の事例を調べ、アーカイヴをつくっていきたいと考えているところです。このブログがその事例収集のきっけになるといいなと思いながら
3回目につづく！
====
活動紹介01：アーティスト・イン・児童館2011西尾美也プロジェクト《ことばのかたち工房Pro》
毎回、ブログのおわりにこれまでの活動を紹介していこうと思います。『夏の庭』ということで、夏の活動を１つ。今年の夏、練馬区立東大泉児童館で西尾美也さんが立ち上げたファッションブランドのショーを開催しました。その際にショーのモデルを児童館の子どもたちがスカウトにいったのですが… 映像でごらんいただけます→ http://jidokan.net/project/formonwords/

Form on Words Trailer 20110808 from ArtistinJidokan on Vimeo.
このファッションブランド「Form on Words」は、現在はマイクロパトロンプラットフォーム「CAMP FIRE」にてパトロンを募集しています。→ http://camp-fire.jp/projects/view/127
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/4033/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>はじめまして。</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3985/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3985/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 09:48:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hidehomare</dc:creator>
				<category><![CDATA[中村英誉]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3985</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは、はじめまして。hidehomareことナカムラヒデタカです。
出遅れてしましましたが、みなさまよろしくお願い致します。この場をくれた、秘密基地ヲ作ロウ。」のメンバーでもある編集の斎藤歩さんありがとうございます。

私はキャラクターアニメーションやiPhone/iPadのUIのデザインなどのアートディレクターです。キャラクターを軸に普通のアニメーションだけではなく、新しいメディアであるiPhoneやiPad、デジタルサイネージなどの新しいメディアで世界に向けたコンテンツを発信できていけたらいいな、と思い活動しています。。。。と言ったら、少しまどろっこしいでしょうか？
私は京都の美大を卒業した後すぐに、英国ロンドンの新しいアニメーションスタジオCHASEで働くチャンスを貰いました。当時は英語も話せなかったのにです(笑)
しかし絵コンテを描いたり、キャラクターを提案したり、ビジュアル的な企画書を制作する「絵」を描く仕事だったことで同僚とコミニケーションすることができました。
「絵」を描く仕事ということと、同僚の優しさに助けられ３年間働かせてもらいました。これも、言葉だけではないコ「絵」を描くコミニケーションが出来る環境だったからだと思います。
ロンドン時代の仕事CINEAQUA
そう、今もなんだかんだ言って「絵」を描いているんです。
絵を描いて、絵を動かす。そのキャンバスが紙だったり、iPhoneだったり、サイネージだったり、ネットの上だったり。色々なヒトに見てもらえるように。
「絵」を描くコミニケーションには、文字以上に可能性があるんです。
私は１１月までここで書いていた極地建築家の村上祐資さんや斉藤さんと一緒に「秘密基地ヲ作ロウ。」というワークショッププロジェクトをやっています。
村上さんの方にも説明がありましたが、豊島区の巣鴨小学校の4〜6年生を対象に学校の中に秘密基地を作るというものです。
とはいえ、でたらめに公園のダンボールハウスみたいなものを作ろうという訳ではありません！子どもたちと、素材を考え(とはいえ新聞紙や紐なんですが)ロケーションを探し、設計図を描いて、そして秘密の「基地」を作るんです。
ホームレスとは違うんです！
私も２回目の授業の教壇に立ちました。設計図を描くために「絵」を描くことを子どもたちと一緒に考えるために。
次回はその時のワークショップについて書こうと思います。よろしくお願いします。

]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3985/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>はじめまして</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3929/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3929/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 04:18:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>asadmin</dc:creator>
				<category><![CDATA[臼井隆志]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3929</guid>
		<description><![CDATA[みなさん、はじめまして。artscape blog 第11タームのブログを書かせていただくことになりました「アーティスト・イン・児童館 実行委員会」の臼井隆志と申します。若輩ながらこのような機会をいただけたので、思っていることや活動のことを書き連ねていこうと思います。内山幸子さん、ヒデホマレさん、そして編集の斎藤歩さん、よろしくお願いします。
まずは自己紹介から。ぼくは2009年から「アーティスト・イン・児童館」というプログラムを、東京都、東京都歴史文化財団と共催で運営する仕事をしています。アーティスト・イン・児童館とは、「児童館」という遊びによる子どもの健全な育成を目的とした施設にアーティスト(現代美術家)を招待し、アーティストのアトリエ、ステージ、ギャラリーとして児童館を活用するプログラムです。このなかで、アーティストの作品制作のマネジメントと、このプログラム自体を流通させていく仕組みを考えています。
この活動は、子どもの選択肢を増やすことを目的にしています。関わりうる大人の選択肢として、学校や塾の先生、親、児童館の職員やボランティアスタッフなどと同じように、よくわからない活動をする大人(アーティスト)がいる、というシチュエーションを実現していきます。児童館の中でマンガを読んだり卓球をしたりゲームをしたり、思い思いの時間を過ごす放課後の子どもたちの中に、アーティストに混じってもらい、作品の構想、制作、展示・公開をしてもらっています。
今回のartscape blogでは、現在準備が始まっているアーティストユニットNadegata Instant Party（中崎透＋山城大督＋野田智子）による練馬区立中村児童館でのプロジェクトの様子のリポートをメインに、これまでの活動の紹介や、なんでアートか、とか、なんで子ども（しかも児童館か）とか、現場のエピソードとか、これからどうしていくんだとか、そんな感じのことを書いていけたらと思います。
3ヶ月間、どうぞよろしくお願いします。
アーティスト・イン・児童館：http://jidokan.net/
臼井隆志：http://takashiusui.blogspot.com/
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3929/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>メキシコシティから、</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3915/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3915/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 04:12:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>uchiyamasachiko</dc:creator>
				<category><![CDATA[内山幸子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3915</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは、内山幸子と申します。
2003年くらいからアートマネジメント活動にたずさわっています。

「アートマネジメント」というと、今でこそそれに類する大学学科や活動をよく聞きますが、私が美術大学を卒業した当時（2000年）は、その言葉はまだ普及していなかったと思いますし、私自身も知りませんでした。
以降そのまま、アートプロジェクトやアート作品のプロダクションをサポートする現場で企画制作を行うなかで、アートマネージャーを名乗っています。
現在は日本-メキシコ両政府による奨学金制度を受けて、メキシコシティに滞在しています。初めての土地での初めての長期リサーチということで、手探りながら、メキシコのアート状況や、私が関わっているアーカイブプロジェクトの紹介、そしてメキシコシティのリサーチに必要な資料アーカイブ機関の情報など、日本では知りにくいローカルな情報を書いていきたいと考えています。
次回はもう少し自己紹介や渡墨の理由など書きたいと思います。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3915/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>結論にかえて、ゆるい未来のイメージ</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3910/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3910/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 02 Dec 2011 16:58:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3910</guid>
		<description><![CDATA[少しリミットオーバ。とはいえ締めのテキストを手短かにではあるが記しておきたい。
「建築の切断面をたくさん見つけてみる事」と一回目にRADの活動の目的について記した。今回紹介したいくつかのプロジェクトはまさにそのような切断面をつくりだすために行なわれたものだ。この切断面をつくりだす行為をフレームワークと名付けてみる。つまり展覧会、インタビュー、リサーチ、アーバンプロジェクトなどのフレームを当てはめることで見えてくる「建築」のあり方をそのディテールとともに記録していく。それがRADの今のところの活動だ。そうして、様々な建築の居場所を暴きだし、その社会への、文学への、接続を試みる。接続というよりもその場においての建築という問題系をとらえる問う事かもしれない。そうやって、少しずつ建築が今いるところから自由に思考していく事ができるような状況が生まれていけばいいと思っている。（建築そのものも社会のひとつの大きなフレームだ。だからこそこのフレームにがどのようなものかという思考も必要になると思う。）
さて今後、このRADというプロジェクト／活動はどこに行き着くのだろうか。もしビジョンというものが（個人的に）あるとすれば、おぼろげながらに浮かんでいるのは、「建築センター」をつくりたいという事になるかもしれない。「建築センター」を日本でつくりたい。この建築センターとは何かといわれたら、海外にある魅力的なプログラムを実施している建築センター(Center for Architecture)をみてみるしか手がかりはない。たとえばNYのStorefront Art and Architecture。またCanadian Center for Architectureも、広く市民に向けた展示、教育、リサーチ、出版などの活動が融合した世界的にも有名なセンターだろう。もしくはART CENTERの建築バージョン。資料の保存や収集、学術的な成果の蓄積を目的とするのではなく、現在的な都市や空間的な問題について、様々なフレームワークによって建築の関わり方を見いだしていくプログラムを常にオープンに行なっている施設。そんな施設があればその街に、建築からたくさんの貢献ができるのではないだろうか。そうやって、あまりにも普通の街の建物や人々と離ればなれになってしまった関係を更新していけたらと思っている。radlab.というスペースでの活動は、すでに建築センターの実験的実践であって欲しいと願っている。
最後駆け足的にはなってしまいましたが、おつきあいありがとうございました。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3910/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>SPACE OURSELVES・・・建築はかくも柔軟で力強い</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3903/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3903/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 30 Nov 2011 14:04:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3903</guid>
		<description><![CDATA[「SPACE OURSELVES」とは建築を設計する専門家だけでなくその場所で生活し日々の営みを行うすべての人＝私たちによって生み出され、または発見され、あるいは実践されていく空間のあり方ということを意味している。前回は、経緯とこのSPACE　OURSELVESについて述べたが、今回は個別の提案を紹介しつつ、その後の展開について記していきたい。
個別の作品の紹介にあたって、SPACE OURSELVESを便宜上「つくる」と「つかう」の２つの側面から考えてみたい。これは京都展の際におこなった２回のトークイベントでもフレームとして用いたわくぐみでもある。
たとえば、「つくる」。藤田雄介の「ソーイングハット」は薄い木材を竹細工のように編む事で空間をつくり出す。ここで採用されている「編む」という行為は、誰もがそのつくるプロセスに参加できるという意味で工芸的な性格をもっている。また、近藤哲雄の「原っぱの素」も、植物の種がはいった糸を編む事で大きな敷物を作り出すという作品である。とはいえ両者ともにつくる時間だけではなく、つくった後に、そのつくったという経験を持つ人が再度関わる事ができる仕組みまで射程に入れている。また中村竜治の「コンクリートルーフ」は不思議なカタチをしたRC（鉄筋コンクリート）造の屋根だ。一般的に公共建築はRCでつくられている。それと同じものを自分たちの手で作り出す事で、素材やさらには既にある公共建築への意識も変えていけるのではないかと問いかけている。確かにコンクリートという素材は土と水をこねるという点で、工芸（ここでは陶芸）的で、そこには身体的な近さを感じさせてくれる。また元木大輔のサッカーゴールパヴィリオンのように、普段見慣れているサッカーゴールを構造体と見立て、人が集まるための大きなテントをつくろうという提案も愉快である。体育の時間や部活の時にみんなでサッカーゴールを抱えた記憶を持つ人も多いだろう。

また「つかう」ということを共有するということもある。一緒に使うというだけでなくその場所の運営方法を一緒に考えるということである。島田陽の提案する「SO(C)I(A)L KITCHEN」がある。これは東北の津波の被害を受けた土地で、その海水をかぶった土を利用した版築の提案である。いまでは「がれき」と呼ばれているものが、ほんの少し前までは誰かの大切な何かであった。その事を忘れてはいけないと、そのがれきと土で人が集まる場所をつくりだす。その中心にキッチンを置く事で、地元の芋煮や、集会がひらかれる新しいコミュニティの場へと変わっていくのではないか。また、米澤隆による「わたげ」はおまつりの屋台のような小さな移動公共施建築だが、屋台のデザイン以上に、屋台がめぐることで生まれる時間（いわゆるハレとケにちかい感覚）が仮設住宅での人と空間、人と人の関係を能動的なものにしていくだろう事が意図されている。青木健の「TreePot」のように、wifiという情報インフラとベンチの組み合わせという提案ももののデザインというよりも、コミュニケーションの発生するインフラの整備という呈である。
また、白須の提案も、具体的なかたちをもっていない。ワークショップを通じた記憶の共有とデータベース化による空間、もしくは風景へのアプローチそのものを建築の新しいかたちとして提示している。街の日常を形づくっているインフォーマルな様々な痕跡は、決定的に重要でありつつ非常に失われやすく、しかも可視化されていない。そのような隠された共有されている風景を丁寧にあぶり出していく事こそ、街の公共性にとって重要ではないか、そのように述べている。
京都での展覧会が終了した後は、東京のArt Chiyoda 3331にて震災復興アクションプログラムの一環として巡回展を実施することとなった。この時あらたに２組の建築家が加わり総勢１６の提案が、主に震災復興という枠組みの中で提示される事となる。さらに、その後浜松での巡回展示をおこなった。現在はこの一連の展覧会の記録の作成と、次の展開に向けた準備を進めている。
忘れてはならないのは、依頼から２週間少々の間に、公共の新しいかたちという問いかけに応えることができるというのは、建築家達が日頃からたとえ住宅やインテリアの設計であったとしても、人が人といる事を空間としてどう支えるのかということ＝公共性を考えているからではなかろうか？そんなことに少し希望を感じた。そして、ここに提示された建築のかたちは、随分と自由に思考されているように感じられる。そのような現代の建築家達の柔軟な思考の先に、ただ物理的な強さではない強い建築がつくられていくのではないだろうか。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3903/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>SPACE OURSELVES・・・新しい公共のかたち</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3899/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3899/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Nov 2011 15:30:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3899</guid>
		<description><![CDATA[「SPACE OURSELVES」というタイトルの展覧会を今年の５月に開催した。この展覧会は「rep」の特別バージョンとして構想され、最終的には１６組の建築家が参加し、京都、東京、浜松と３カ所を巡回することになった。今回はこの展覧会がどのように構想され、またどのようなメッセージをもっているのかについて述べていく。
経緯から話そう。
３１１があり、そしてrepvol7として企画されていたイギリス人の建築家でありリサーチャーでもあるLiamYoungの個展が、DMの印刷まで終わっていたにもかかわらず、日本に送る作品の保険の問題で断念せざるを得ない状況におちいってしまった。時すでに３月の後半でこのままではGWをはさんだ時期にスペースとして穴をあける事になってしまう。repは毎回建築家とのやりとりにとても長い時間をかける。それは、その建築家が日頃設計やデザインの場面で意識する事なくもちいている建築的思考を対話の中、そして作品の観察中から読み込み、展覧会としてどのような作品に定着すればいいのかについて協議しながら進めていくからだ。ちょうどradlab.が情報誌で紹介されたりし、建築ギャラリーというふうに認知されだした頃であったので、なんとしてもGWにはスペースをオープンさせておきたいと思いがあり、さらには震災のせいになってしまうのがなんとなくしゃくでもあった。そこで少し考えていると上手い具合にこれまで考えてきた事が、複数のアイデアと結びつき、ひとつの企画書へと発展していった。結果、４月の最初の日に一日で企画書をかきあげ、その後数日でブラッシュアップをし、すぐに知り合いの建築家達にメールで参加の依頼を行なった。反応は様々であったが最終的に１４組という予想以上の建築家達が参加してくれる事になった。すぐに友人のグラフィックデザイナーに協力を求めDMを作成し、告知をおこなった。なにより大変だったのが、１４人分の作品や情報の管理。これまでは一人相手だったのに毎日膨大な量のメールとやりとりに追われる事になった。また、１４台分の模型台の作成や、会場構成も大きな問題であったが、優秀な学生達にたすけられ無事間に合わせる事ができた。そうして展覧会はオープンへとこぎ着ける事ができた。

さて、以上のようなおおざっぱではあるが経緯で展覧会は実施されることとなったのだが、ここで我々は何を問いたかったのか。基本的に個展と異なり、グループ展というのはキュレーション側の問いかけに対しての作家側からの応答によって成り立っていると思っている。なのでrepでグループ展を行なうにあたって我々からの建築家への投げかけは以下のようなものだった。まず、この建築は「新しい公共のかたち」を具現化しているということ、そして少なくともその建築に関わる人々自身の手でつくる事が可能な工法であること、模型は作品として販売しその販売金額と建設費が同程度であること。ゆえにそこには直接的に震災への応答を求めてはおらず、むしろこのような状況だからこそ、建築家がどのような公共性を建築として提示するのかを求めた。そもそもはこの公共性については、昨年からずーと考えたいと思っていた事であった。当時あちこちで建築の社会性についての議論がおこなわれていたようにおもう。そこで言われている社会性というのが実は「公共性」と同じ事なのではないかと思っていた。公共性も幾分広い概念であるが、そこには空間的なイメージができる。そう考えると社会性というような漠然としすぎた（つまり人が社会的な生き物である以上、すべての物事はすくなからず社会的である）言葉よりも、公共という状況を作り出す具体的な建築のあり方を真摯に考えるべきなのではないかと思うようになっていた。くしくも民主党政権によって「新しい公共」というフレーズがちまたにあふれかけていた頃ではあったが、ではこの「新しい公共」の器としての建築に建築家はどのような「かたち」を与えるのだろうかということだ。
また、同時に３１１の災害の映像は、９５年の阪神淡路大震災の仮設住宅のさみしい情景を思い浮かばせた。そこには何か生き生きとしたものが空間から抜け落ちていた。その様子は地方都市に必ず存在する不必要に立派で設備も整っているが、誰も使わない公共施設にもにている。それらは公共施設ではあるが、そこでの公共とは単にオフィシャルということしか意味しない。誰のものでもあるけれど誰のものでもない。その感覚は、震災によって住む場所を追われ、仮設として住居を一方的に与えられ生活していく感覚に通じるような気がしていた。そこには、空間と人の関係が一元的でしかなく、有機的な人と建築との関係が見いだされない。ではどうすればいいのか。そこで考えたのが建築家への問いかけでもある、「少なくともその建築に関わる人々自身の手でつくる事が可能な工法であること」ということだ。DIYという言葉があるが、そのように能動的に物事に働きかけていくイメージを、空間に適応させてみようと思った。ただし、yourselfのような個人ではなく、その共同体の成員からなる私たちによってourselves（その中には建築家自身もはいるかもしれない）働きかけが行なわれる空間のイメージである。それがSPACE OURSELVESというタイトルに繋がっていく。
（続く）
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3899/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>QC3：建築から 地域を 考える インタビューサイト</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3896/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3896/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Nov 2011 19:49:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3896</guid>
		<description><![CDATA[QCVOL,3ではこれまでの領域横断型レクチャーという形式をとらず、一年間のインタビューサイトの運営というかたちで進めている。これまでの２回を振り返ってみて、VOL,1では物事を始める上での軸足の置き方を探るべく、「価値」について考え、続くVOL,2では、公共的な都市の景観や文化財を価値づけるということの問題を見ていくと共に、都市を形作っている様々な力学にふれることになった。VOL,3ではそれらの経緯をふまえつつ、そのような様々な力学の上に成り立つ都市に関わっている主体に目を向けている。一般的には思われていないが、建築家は都市に関わっているという自己イメージを持ち続けている。実際、彼らの活動のフィールドは都市の最中であり、戦後一部の建築家は実際都市空間へカタチを与えてきたこともある。しかしながら、残念な事に現在の都市は圧倒的に「建築家」によらずになりたっている。実際建築家の都市や街における存在感はうすい。
さて、ここに「タウンアーキテクト」なる言葉が存在している。一般的には、ある特定の地域にかかわりデザインディレクションを行なう建築家というような意味で使われる事が多い。けれどもそのような職種が確立されているのではなく、どちらかというと建築家の願望によって生み出された言葉のようにも思える。ゆえに実態はないのだが、都市に関わる主体について考えるための出発点としてこのタウンアーキテクトを召還してみたい。
ちなみに布野修司氏の著書「裸の建築家―タウンアーキテクト論序説 」ではタウンアーキテクトの必要性について、地域社会の疲弊をどのように再生させるか、一律のガイドラインやマニュアルを使ってのコントロールでない景観の形成、防災の視点から持続的に地域を見るということ、として提示され。またシステムとして運用していく上で、任期と権限と報酬の設定の重要性が述べられている。
さて、QCvol,3でのタウンアーキテクトについてのポイントは以下である。
１つめは、「タウン＝地域」をどういう広がりでとらえるか、を考える
２つめは、「タウン＝地域」が具体的にどんな問題を抱えているのか、を考える
３つめは、「タウン＝地域」の「みんな」による決定のあり方を考える
４つめは、そこに主体的に関与するにはどうしたらいいか、を考える 
「地域」といってもそのイメージは様々である。郊外、地方、集落、etc..そのように地域なるものがどのように表象されているのか。また、地理的、統計的、人類学的、社会的に見た時の地域のスケールのバリエーションはどのようになっているか。具体的な実践の報告から浮かび上がる問題は何か。さらには、解決にあたっての決定、判断をだれが行なうのか。そして主体的に建築家が関わっていく時に、どのように決定するのか、が問題になってくると思われる。
ともかく一番のねらいは、地域と建築／家との関係性をしっかりと見直してみること。 「建築」というフレーム越しにある「地域」という問題を様々な角度から見ていく。そこから「タウンアーキテクト」のあるべき姿を考え、ことによればその職能の微調整を考えてみたいと思っている。
QC vol,3は、こちらにて継続中
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3896/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>建築屋とデザイナー</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3882/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3882/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Nov 2011 01:11:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>katojunichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[加藤潤一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3882</guid>
		<description><![CDATA[　ほぼ家が完成し、完成披露見学会が施工会社によって行われました。



　本当のところをいうと自分の家に他人が上り込んで歩き回るのはあまり気持ちのいいものではありませんが、私はデザイナーとしてこのイベントの重要性をとてもよく知っています。契約の段階で快諾させていただきました。
　人に見せる前提で造るのとそうでないのとでは全く違います。自分の作ったものを見せたいという基本的な欲求だけでなく、それは同時に「下手なものはつくれない」という戒めでもあります。
　私の場合フリーランスなので「自分が作りました」というかどうかは全て私の裁量で決めることができます。気に入らないものができてしまったら、黙っていればいいのです。しかし一度そこに甘えてしまうと「じゃぁ黙ってればいいや」と安易に妥協してしまうようになり、気づいてみればほとんど公開することができないものばかり…ということにもつながりかねません。そのため気に入らないものでも公開し、次はこれを払拭するものを作ろうと自分を奮い立たせています。
　実は施主としてもっと「お客さん面」したかったのですが、こんな感じでついつい自分の仕事に重ねてしまう場面が多々ありました。棟梁と話してもやはり同じ職人で、基本的に可能な限り一人でやるというスタイルも私と同じ。施工途中で相談していく中で決めていた要望がいつのまにか覆り、「話が違う！？」と思うこともありましたが、それも全体のバランスを考えてのことでしょう。一つを治すと他がおかしくなる。総合的に考えて修正した結果、当初言っていた内容と異なってしまうことはデザインでもよくあることです。普通ならちょっと機嫌を損ねてもいいような事もそんな風に矛を収めました（笑）。
　逆に展示会での彼らの様子はとても誇らしげで自分たちの作ったものに対して自信に満ちていました。私もこのぐらい胸を張って受け渡すことができるだろうか。見習わなければいけないこともたくさんあったように思います。
　そんな風に共感できる人たちに建ててもらった家が完成。とても充実した気持ちでいっぱいです。完成披露会が終われば、いよいよ家族４人揃って新しい故郷で新しい生活が始まります。しっかりと地に足をつけて風土に溶け込み、社会と関わりあいながら子供を育て、私たち夫婦自身も充実した人生にしたいと思います。



]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3882/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>QC：何を問うべきか？　という問題提起</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3877/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3877/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Nov 2011 17:16:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3877</guid>
		<description><![CDATA[RADの最初のプロジェクトがこのQueryCruise(以下QC)という領域横断型の連続レクチャー。RADの結成のきっかけでもあり、現在少し形式は変わったものの継続しているプロジェクトである。世の中にはいろいろなカタチで「答え」が溢れている。けれども、その「答え」らしきものの背後にある「問い」そのものの正しさが吟味される事は少ない。よって、まずは自分たちが今必要な、そして適切な問いを設定するための連続レクチャーを企画しようと考えた。題してQuery（＝問いに）Cruise（こぎだす）。レクチャーの内容は建築そのものについてではなく、建築周辺での議論をとりあげることで、建築が今置かれている場所（建築の居場所）をあぶりだそうと試みた。
と同時にradlab.という場所で何ができるか、この場所のポテンシャルをどう「develope」できるかということを考えていた。偶然にもradlab.という場所とともに活動を開始した（同時にwebでのアウトプットを重視）ので、プロジェクトをつくる時にはいつもこの小さな実験室がどれくらいのパフォーマンスが発揮できるのかを同時に「実験」したいと考えている。この小ささをいかして他にはない形式を見いだせないだろうか。考えた結果QCは講演会ではなく、ゼミのように講師と受講生が同じテーブルを囲むという事、そして複数回にわたって同じテーマを掘り下げていくというフォーマットになった。
実現までに一番の問題は講師にどのようにしてコンタクトをとるのかという事だった。大学院をでたてのフリーターのような人間の人脈やコネクションは非常に狭く、その上建築関係者以外となると、知り合いをたどってという事がまず不可能。そこで常識的には失礼きわまりないのかもしれないけれど、とにかくこの人と思った人に企画書とお願いの文章を共にメールで送らせてもらう事から初めた。結果打率は野球選手の優秀な打者程度ではあったが、少なからずの方が快く返事をくださった。以後も時々同じような方法でお願いメールを送る事があるが、その事は領域横断性を担保する上で重要な要素ではないだろうか。

さて、以下がQCvol,1とvol,2のテーマと講師
1】「マックスバリュー」講師：五十嵐太郎（建築論）、大屋雄裕（法哲学）、南後由和（社会学）
価値：多様化する価値観を前にして、どういう判断がなし得るのか
２】「景観と町家の選択肢」講師：大庭哲治（都市社会工学）、佐野亘（公共政策）、加藤政洋（人文地理学）
保存：価値観の多様化をもろに受けている保存問題がどのレベルで問題かを問う
（各回のないようについてはRADのwebにログが残っているので参照していただきたい。）
ともになぜその事（テーマ）が問題なのかということを明らかにしようとしている。このことはこれからの建築にとって重要な姿勢として考える事ができのではないだろうか。問いの前提を疑うこと、つまり建設という行為の意味や意義についての問いへと踏み込む事が建築家に可能か。プロジェクトの目的と実践のはざまで決定のプロセスそのものの提示が、利用者や住まい手を含んだ恊働と共感のきっかけとなるように思う。
次回は現在開催中のQC vol,3。タウンとアーキテクトについて。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3877/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>KENCHIKU &#124; ARCHITECTURE・・・最終回</title>
		<link>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3844/</link>
		<comments>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3844/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Nov 2011 03:16:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kawakatsushinichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[川勝真一]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/?p=3844</guid>
		<description><![CDATA[先に書いたように、そもそもこのプロジェクトは２年前に日本建築が大好きなフランス人留学生と、建築の展覧会の企画を始めたばかりの私の他愛もない、それでいてなぜか確信に満ちた会話からスタートしている。その後、構想のきっかけとなる状況は変化し、想定していた会場も変更になり、結局フランス側での予算獲得はほぼ失敗（ずいぶんと希望を持たされたものだったが）し、という紆余曲折を経て今年の６月に実質的に要素が確定して進めていく事となった。
まずやらなければならなかったのは参加建築家のインタビュー収録。友人でradlab.でも展示してもらったHyslomの星野君（建築学科出身で映像をつくっている）に撮影と編集を依頼し、と同時にフランス側でも撮影を実施。余談になるが、建築の映像表現というのは、これだけインターネットでの映像視聴が当たり前になったにもかかわらず、あまり開拓されていない分野だと個人的に興味を持っている。いつか建築の映像だけの展覧会を企画してみたいと密かに思っている。さて、暑い夏のさなかに撮影のため何度か東京／京都を往復。建築家の事務所を訪問し、主に自身の建築的思考がどのようなものと考えているかということを語ってもらった。やはり事務所を訪問するとそこにその人の個性がよく見て取れておもしろい。
同じ頃に偶然知り合った藤井さんが主に広報とスポンサー担当（あと主に日英訳）としてプロジェクトに参加することになり、海外プロジェクトへの経験も持っているメンバーの加入は非常に心強いものがあって少し体勢も安定していった。
その他、本番までを駆け足にメモ程度に記しておくと、、、粘り強くコンタクトをとった事で大使館からの後援も無事取り付ける事でができ、DM、WEBSITEなどのデザインは建築学科出身の若いデザイナーの飯田君におねがいし、paypalを利用した個人サポートの仕組みをつくり、会場設営や必要機材の手配を現地と進め、、、などと言っているうちに私と榊原の２人は開催の１週間ほど前に現地入りし、会場設営を現地のスタッフと共に実施。慣れない土地での設営は思い通りに行かないもので、結果毎日のようにホームセンターに通ってしまった。
さて、今回のイベントは主に３つの要素から成り立っていました。ひとつ目は展覧会、そしてトークセッション、最後がラウンドミーティング。展覧会はトークイベントの副次的なものとして考えており、各建築家に関心の在処が一番明確に現れているプロジェクトを模型をで展示してもらい、インタビュー時に撮影した作品解説映像をミニディスプレーにて展示することで、本人の口からの解説が聞ける仕組みになっている。

トークセッションは、日仏建築家がペアをつくり２日間で６つのセッションを行なうという内容で、今回のメインのイベントとして位置づけていた。インタビュー収録の中から浮かび上がってきた共通点を手がかりに「questioning the city conception」「from fragments to form」「macro in micro」「autonomy and heteronomy」「building atmospheres」「engagement figures」のキーフレーズを設定し、ペアリングを実施。交互のプレゼンテーション後に対話の時間をもうけた。全体としては日本の建築家が社会に対する自身の建築の位置づけが多様でチャレンジングなのにたいし、確固とした建築家という制度によって守られ、その中でロジカルに建築をつくろうとするフランス建築家という印象もみうけられた。（一般的にフランスの方が法律の規制なども多くチャレンジできないと言われるが、規制の面では日本もかなりきつい縛りがありその点のみを強調するとよくない。むしろ手続の方法が異なっているという指摘の方が実際的かもしれない。）

最終日のラウンドテーブルでは、参加建築家全員にあつまってもらい、トークセッションでは語りきれなかったトピックについて意見交換を行なった。前半は個別の作品写真を見ながら議論を行い、大幅に想定した時間をオーバーして行なわれた。両者に新鮮な視点を提供し複数のトピックが提示され有意義な時間だったと思う。後半は今後のKAの展開についての意見交換がもたれ、紆余曲折はあったものの、今回セッションを行なったペアでのコラボレーションを前提に来年度展覧会を目指す事が確認された。

より詳しい内容はKENCHIKU&#124;ARCHITECTUREのwebsiteをみいていただけたらと思う。また、今回作成したDVDとカタログも販売する予定なので手に取っていただきたい。実際のところ、言語的な問題（言葉の持っているコンテクストの違い）や、時間的な制約によって、十分な議論が尽くされたとは言いがたいが、建築家同士が一定の時間を共有し、困難さ含め、お互いの位置する状況や建築をどのようなものとして捉えているのかという部分について知り合えたことは、来年度以降の展開に向けた確かな足場作りとなったと思う。すでにKENCHIKU &#124;ARCHITETURE 2012は動き始めている。
]]></description>
		<wfw:commentRss>http://www.artscape.ne.jp/artscape/blogs/blog3/3844/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

